中坊弁護士の起訴猶予処分の意味について考える

山下 幸夫(弁護士)



1. はじめに

 東京地検特捜部は、本年10月17日、旧住宅金融債権管理機構(以下「住管機構」と略称。現在は整理回収機構)による債権回収の際に、別の債権者をだまして不当な利益を得たとして詐欺容疑で告発されていた元日弁連会長で、住管機構の当時の社長であった中坊公平弁護士ら4名について、「被害者と和解が成立し、個人的な利得も得ていない」として、起訴猶予処分とした。
 それに先立つこと1週間前の本年10月10日、中坊弁護士は、突然、大阪地裁内にある司法記者クラブを訪れ、緊急記者会見を開いた。その席上、中坊弁護士は、刑事告発された件について、東京地検からの事情聴取を2回受けたことを明かすとともに、「部下が債権回収に熱心なあまり、他の債権者の信頼に反する行きすぎた行為があった。最終決裁者は私であり、その結果は私の責任として厳粛に受け止めなければなりません」と述べ、「断腸の思いで、46年間にわたった弁護士資格を返上することを決意した」として、大阪弁護士会に退会届を提出し、弁護士登録の抹消を請求したことを明らかにした。このことはマスコミで大きく報道された。

2. 詐欺事件の概要と中坊弁護士の関与

 今回の事件は、朝日住建が三井建設に売却した土地に絡んで行われた。旧住宅金融専門会社(以下「住専」と略称)から債権を引き継いだ住管機構が抵当権を有していた土地と隣接する別の土地に抵当権を設定していた明治生命と横浜銀行に対し、実際には、朝日住建と買主との間で、両方の土地を一括して43億円で売却することを合意しており、住管機構もそのことを熟知していたにもかかわらず、「約32億円で売却する」と虚偽の説明をし、その結果、錯誤に陥った明治生命と横浜銀行に、それぞれ9億円を弁済するだけで抵当権を抹消させた。
 そして、結果的に、土地の売却額が33億円となったが、住管機構は、明治生命と横浜銀行に支払った18億円との差額である15億円を回収した。
 もともと、住管機構が抵当権を有していた土地は、明治生命と横浜銀行が抵当権を有していた土地の10分の1程度の面積であり、しかも、利用価値の低い傾斜地であったにもかかわらず、住管機構は、明治生命と横浜銀行の2社の合計額よりも大きい金額を回収した。そして、住管機構は、朝日住建と一緒になって、多額の回収を行うために、このようなスキームを考え、明治生命と横浜銀行の2社に対して積極的に虚偽の説明をしていた。
 朝日住建の子会社の元社長を務めていた増田修造氏が、内部告発という形で、この件について、2002年10月に、東京地検特捜部に詐欺容疑で刑事告発し(刑事告発に至る経緯や事件の内容については、今西憲之『内部告発―権力者に弓を引いた三人の男たち』鹿砦社刊の第1章に詳しい)、それが受理されて捜査が進められていたのである。
 この内容からすれば、住管機構は、虚偽の事実を告知して、他の債権者を騙して、本来であれば得られなかったはずの多額の債権回収をして利益を上げているのであるから、詐欺罪が成立することは明らかである。
 そして、中坊弁護士は、住管機構の社長時代に、判断が難しい100件以上の債権については、「中坊直轄案件」として、回収方針などを自ら決断していたとされ、本件はまさに「中坊直轄案件」であり、中坊弁護士自身が今回の回収の方針を了承していたとされる。そうであれば、中坊弁護士も詐欺の共犯ということになり、中坊弁護士が緊急会見で述べた「部下が行きすぎた」がその監督責任を取るかのような説明は、全く事実に反していることになる。

3. 中坊弁護士の廃業宣言と起訴猶予処分の関係

 東京地検特捜部は、詐欺被疑事件の捜査の過程において、住管機構の内部文書等から、この詐欺容疑に、中坊弁護士自身が関与している証拠を掴んでいたと伝えられている。
 中坊弁護士の突然の廃業宣言は、東京地検特捜部との間での一種の取引と見ることができる。詐欺罪の成立が否定できない以上、ある程度インパクトのある有利な情状がなければ、起訴猶予にすることは難しい。そこで、東京地検特捜部としては、弁護士廃業というインパクトのある事実をもって、辛うじて中坊弁護士らを起訴猶予にすることができると考え、中坊弁護士も事情聴取を受ける中で、このままでは詐欺罪で起訴される可能性もあると感じて、弁護士を廃業することで起訴を免れるというぎりぎりの選択をしたと思われる。国民的英雄として扱われ、プライドの高い中坊弁護士が廃業宣言をせざるを得ない程、詐欺罪による起訴の可能性は高かったことは想像に難くない。
 このように、起訴猶予処分のちょうど1週間前というタイミングでの中坊弁護士の廃業宣言は、東京地検特捜部との間の司法取引が成立した後に実行された「出来レース」だったと考えられるのである。もちろん、起訴猶予であるから、東京地検特捜部は、中坊弁護士らについて詐欺罪が成立することを認定しているのであり、中坊弁護士が犯罪に関与したことは否定できない事実となった。
 中坊弁護士は、東京地検への告発と同内容で大阪弁護士会に懲戒請求されており、その処分が決まるまでは退会できないが、今後はこの懲戒請求の判断を注視する必要がある。

4. 住管機構の中坊社長は安田弁護士を刑事告発した

 1998年12月6日に、安田好弘弁護士が強制執行妨害容疑で逮捕された直後に、住管機構の社長として安田弁護士を刑事告発したのが、まさに中坊弁護士であった。
 後日、渡辺脩弁護士からの質問書に対して、中坊弁護士自身が1999年7月5日付の書簡の中で、「安田さんに対して、当社が積極的に告発し強制捜査をうながすつもりはありませんでした。しかしながら捜査当局が逮捕状を請求し、裁判所がこれを発付したことが明らかになった以上、告発義務のある当社として預金保険機構の要請を受け、告発したことをご理解下さい。 」と述べて自ら認めているところである。
 もっとも、この回答の中にある「預金保険機構の要請」という点については、安田弁護士の件について、住管機構が刑事告発しなければ、今後の住管による刑事告発の際に預金保険機構は捜査協力をしないという圧力があったと伝えられている。
 しかしながら、住管機構が安田弁護士を刑事告発したことは紛れもない事実であるし、それが安田弁護士の起訴を後押ししたことを考えれば、その責任は極めて重大である。

5. 住管機構から整理回収機構へ

 住管機構は、バブル経済崩壊後、住専が多くの不良債権を抱えて経営に行き詰まったことから、住専国会と呼ばれた1996年の国会において、6850億円の国民の税金を投入して、その不良債権処理をはかることとなり、同年6月に住専法に基づいて創設された会社である。そして、設立後、住管機構は旧住専7社から、多数の正常債権とともに多くの不良債権を譲り受け、債権回収に当たるようになった。このように、住管機構は、100%国が出資した旧住専の不良債権処理のための国策会社であった。
 その後、バブル崩壊後の不良債権処理の遅れから、1997年の三洋証券の倒産や北海道拓殖銀行の破綻、さらには山一証券の自主廃業へと連鎖していく中で、より強力かつ効率的に不良債権の回収を進めることが必要であるとして、1999年4月、住管機構と整理回収銀行が合併して整理回収機構(RCC)が創設された。ここには、裁判官、検察官、警察官や官僚OBが集められるとともに、国税局や大手金融機関からも出向を受けて、住管機構の時以上に強力に不良債権回収を行う態勢を作り上げたのである。

6. 中坊弁護士は住管機構において何をしたのか

 このような中で、住管機構は、警察と連携しての情報収集を行うとともに、それまで死文化していた強制執行妨害罪の活用などあらゆる法律を駆使して、強力な債権回収を行っていた。
 中坊弁護士は、例えば、「新医協第51回総会・研究集会」における記念講演において、「この二年間で一兆二五〇〇億円というお金を我々は回収しました。皆さん、一兆円というお金がどれだけ大きいか、お分かりになりますか? 皆さんが仮に毎日一〇〇万円ずつ使える身分になったとして(笑い)…、一兆円を使いきろうと思ったら、何年かかるかご存じですか。三〇〇〇年かかるんですよ。」と話して、債権回収の成果を自慢している。それとともに、「私は単に、お金を回収しさえすればいいのかというと、そうではないと思うのです。法律どおりに公正で、明確な基準に従い、公開・透明、道理と正義に基づいて進めなければならないと考えます。」とも述べている。しかしながら、前述したように、「法律どおりに公正」どころか、今回、刑法に違反する犯罪行為に関与していたことが明らかになっており、清廉潔白の代名詞と言われ、「闇の勢力と闘う正義の味方」と賞賛された中坊弁護士が、その陰では、いかに正義に反する行為を行っていたのかということが、白日の下に晒されたのである。
 また、整理回収機構は、現在大赤字を抱えており(2001年の当期損益は844億円)、中坊弁護士が、「絶対に国民に二次負担は掛けない」と述べていた公約はもはや風前の灯火となっており、再度、多額の税金を投入しなければならない事態が迫っている。その中で、整理回収機構が仕事を委託する弁護士の数が年々増えており、30億円以上が弁護士報酬に消えているという問題点も指摘されており、徐々に、中坊弁護士の公約や宣伝とは異なる実態が知られるようになってきた。
 このように見てくると、中坊弁護士がやった「功績」というものがあるとしたら、弁護士業務(一種の利権)の拡大だけだったと評価することができる。
 他方で、その弊害として、弁護士を、警察や検察庁や裁判所の支援(すなわち権力)を背景にしつつ、債権者という一方的な立場にだけ立たせたということが、弁護士のあり方に大きな影響を与えたことは明らかである。
 すなわち、本来、弁護士というものは、国家権力と対峙し、国家権力による行きすぎをチェックする立場に立たなければならないのに、住管機構や整理回収機構では、弁護士が国家権力側に立ち、積極的に権力行使を推進する側に自分の身を委ねることになった。その結果、弁護士の意識を変え、権力を監視し抑制するという機能を弱めたことは否定できない。

7. 司法改革において中坊弁護士が果たした役割とその影響

 そして、これは、中坊弁護士が積極的に推進した「司法改革」の動きとも軌を一にしている。中坊弁護士も審議委員の1人であった司法制度改革審議会の最終意見書には、法曹の役割として、「21世紀の我が国社会における司法の役割の増大に応じ、その担い手たる法曹(弁護士、検察官、裁判官)の果たすべき役割も、より多様で広くかつ重いものにならざるをえない。」と述べられ、司法部門の担い手として、弁護士も含めた法曹の役割が論じられている。その上で、「弁護士は、誠実に職務を遂行し、国民の権利利益の実現に奉仕することを通じて社会的責任(公益性)を果たすとともに、その使命にふさわしい職業倫理を保持し、不断に職務活動の質の向上に努めるべきである。」として、弁護士の社会的責任が強調されている。そこには、弁護士の在野性や、国家権力に対する監視・抑制という観点など、既に存在していないのである。
 そして、現在、この司法制度改革審議会の最終意見書をもとに、内閣に司法制度改革推進本部が設けられ、2004年の通常国会に、司法改革関連の各種法案を提出するための作業が急ピッチで進められているのである。
 中坊弁護士は、司法制度改革審議会の審議委員として、この流れの実現を推進する立場にあり、日弁連としても、中坊弁護士が加わって出された最終意見書を無視することはできない立場にある。
 そのため、現在の日弁連の路線も、基本的には、この中坊路線の延長線上にある。そのため、「司法改革」に対しては反対の姿勢を貫くのではなく、基本的には、現在の政府の進める司法改革を承認しており、このままでは、日弁連のかねてからの主張(法曹一元や陪審制度など)はほとんど実現されないままになろうとしているのである。

8. 中坊弁護士の本当の役回りは何だったのか

 もっとも、もっと大きな視点に立って考えてみると、政府は、国民的に英雄視されていた中坊弁護士を利用して、住管機構や整理回収機構についての国民の支持を獲得しようとしたとも考えられる。また、安田弁護士に対する住管機構としての刑事告訴についても、あえて弁護士である中坊弁護士にやらせることに政治的な意味はあったと言えるかもしれない。
 そして、今度は、既にその役割を終え、賞味期限の切れた中坊弁護士を退場させ、使い捨てにしたという見方もできるだろう。
 もちろん、中坊弁護士の側にも、一定の権力を得るという目的を達することはできたであろうから、お互いの利害が一致しており、相互に利用し合う関係だったとも考えられるが、最後には使い捨てにしたという点では、権力の方が一枚上手だったと見ることができる。
 そうだとしたら、中坊弁護士も、結局、権力に利用され踊らされたピエロだったのかもしれない。

9. 最後に

 ところで、検察は、かつては、安田弁護士を起訴してその弁護士資格の剥奪を狙うとともに、中坊弁護士をして自ら廃業宣言をさせ、弁護士資格の返上をさせたことになる。
 結局、この一連の騒動から見えてきたのは、弁護士に対する社会的信用を失墜させて、弁護士会の社会的影響力を低下させるとともに、相対的に検察の権力を強化することになったと言えるのではないだろうか。
 その意味においては、一連の騒動の中で、もっとも得をしたのは検察だったということになる。それが、当初から意図して行われてきたことなのか、それとも、たまたま漁夫の利を得ただけなのか、その真相は今は分からない。
 しかしながら、それだけ検察はしたたかな存在であるということは、改めて認識しておく必要があるだろう。
 12月24日の安田弁護士に対する判決がいかなるものであろうとも、それは新たな闘いの始まりになるだろう。そして、次なる検察との闘いに、検察のしたたかさを十分に認識した上で、油断することなく立ち向かうことが求められている。
(2003年12月1日記)

この文章の著作権について

この文章の著作権は、山下幸夫氏に帰属します。著作権保有者の許可のない転載は禁じられています。